実家の押し入れには、母の「もったいない」が詰まっている

こんにちは、つたちこです。

先日の上京は、来年80になる母孝行&様子見がメインといっても過言ではない。
「秋に九州旅行したい」と言っているので、どのくらい体力があるかとか、本当に一人で博多まで来られるかとか、そのあたりを確認したかったというのもあります。

しかし、以前から感じていましたが、母も荷物の多い人です。
よく「終活」とか聞きますが、そんな話も母本人からぽろぽろと出たりしました。
「うちの荷物、なんとかしなくちゃねえ」と。

母は戦前生まれということもあり、よく聞く「もったいないから物を捨てられない」人です。
いまの家に住んで以来40年余り。
めちゃくちゃ散らかっているわけではないですが、昔々からのものがずーっと積み重なって今に至っている感じ。
徐々に積みあがったものが押し寄せています。
押し入れとか、絶対何年も使ってないものがしまわれていると思われ。

勝手に処分もできないので、今回は話を聞くだけにしましたが、その中でも一番「!?」となったのが、「もったいない」の意識違いでした。

 

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母と一緒に出掛けようとしたとき、結構天気が良かったので「暑そうだから、日傘、持っていけば?」と声をかけました。
たしか、去年の母の誕生日に、私が日傘を買ってあげたのでした。
そうしたら、「壊れちゃったから、新しいの買わないと」というのです。

「あれ。あの日傘、もう壊れちゃったの? この間あげた白いやつ」
と聞くと、
「壊れたのは違うの。もらった日傘はもったいないから使ってないわ。もっと安いのを買うから」
という。

「ええ!? なんで買ってあげたの使わないの!?」と聞き返すと
「もったいないから。私が死んだら、アンタ、使いなさい」ですって。

 

いやいやいや。
母が「日傘が欲しい」って言って一緒に柄とか選んで気に入ったのをプレゼントしたのに、使わないって何なのー!?
しかも、「古いのがあるから使わない」のはまだわかるけど、「古いの壊れたら、また別の新しいのを買うから使わない」とは!!

「母にプレゼントしたものを使ってもらわないほうが悲しいし、しまっているだけのほうが、ずっともったいないよ!!!」
とちょっと大きな声で言ってしまいました……。反省。

 

母には母の理論がある。

せっかく娘からもらった大事な日傘を、日常に使うのはもったいない。
しかも高くていいのを買ってもらった(そんなでもないんですが……)から、使わずに置いておいて、そのうち買ってもらった娘に返そう。

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日傘以外のことでも、結構この理論が出がちです。
母が私自身や私のあげたものを大事に思ってくれているのはありがたいし、気持ちもわからんでもないのですが……。

でも、母の好みで選んでプレゼントしたのに、遺品として娘に譲るために使わない、というのはいかがなものか……。
それでまた物も増えるし。
しかも、母、今のところ、めちゃくちゃぴんぴんしてますし。

 

とはいえ、強制的に「使え!」ということも、もちろんできないわけで。
私に言えるのは「ぜひ使ってください」「もし壊れたらまたプレゼントするんで一緒に買いに行きましょう」くらいなものです。

結局、一緒に出かけた日には、日傘は使ってもらえませんでした。

ああ、そういえば、亡くなった父もそうでした。
私がプレゼントしたあったかいくてごつい手袋はほとんど使われず、結局亡くなった後、遺品分けで綺麗なまま私のところに戻ってきた。
私には使えないし、人に使ってもらうのも躊躇するし、結局私のクローゼットの奥にしまわれている。
それを覚えていて、母も同じことをしようとしているのか。

もしかしたら、日傘以外にも、いろんなあげたものたちが、あの積み重なった押し入れにしまい込まれているのかもしれません。
思い出のミルフィーユ状態。
そのうち、一緒に荷物整理するための上京が必要かもしれません。

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