映画メモ「関心領域」

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こんにちは、つたちこです。
「関心領域」をみてきました。

マーティン・エイミスの同名小説を、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』で映画ファンを唸らせた英国の鬼才ジョナサン・グレイザー監督が映画化。スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わすなにげない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。その時に観客が感じるのは恐怖か、不安か、それとも無関心か? 壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らの違いは?

映画『関心領域 The Zone of Interest』オフィシャルサイト 2024年全国公開

「音」の映画でした。
以下ネタバレがあります。

アウシュビッツ収容所の管理運営を任されている、ナチス親衛隊の将校とその家族の物語。
平和な家庭、手入れのされた家と美しい花が咲き乱れる庭、元気な子どもたち、美しい妻。
家ととなりの収容所を隔てる高い壁の向こうに見える煙。
微かに聞こえる不穏な重底音。汽車の汽笛。叫び声。銃声と思われる音。

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1ミリも暴力を示すシーンはないのに、ホロコーストの存在を感じさせる音。直接的な事は言わないのに、伝わる会話。
楽園のような絵面なのに、地獄絵図に感じるのがすごい。

その楽園のような家にすむ人たちは、まるでその音が聞こえないよう。

みている側の不安な気持ちに反して、将校の妻は「私の理想的な環境を作り上げた! ここにずっと住みたい!」って。
マジか、ってなるんだけど、壁の向こうの音は彼女の「関心」の外にあるので、全く気にならないのだ。

将校は関心は持っていると思う。だけど、その関心はあくまで仕事。
「虐殺」を行っているのではなく「彼の仕事」をしているのだな。
ビジネスライクに「効率のよい焼却炉」の話をしたり、会議で1日あたりのノルマの話をされたりする。
何をしたら仕事を認められるのか、昇進できるのか。会社員が仕事に励むのと同じ。そうなっちゃうのか。

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でも、ひずみを受け止められない人も出てくる。
眠れない娘、泣き止まない赤ちゃん、違和感に耐えられない祖母、そして主人公の将校の身体にも最後には異変。

あとから思ったのですが、家と庭に執着する将校の妻も、自分の心を守るために行った行動なのかも。
収容所が何をしている場所なのか、説明されなくてもなんとなく察するでしょう。灰の流れてきた川から戻った子供を必死に洗うのはそういうことだと思う。
そこに住み続けなければいけないなら、心を閉めて無関心になり、目に入るのは美しい庭と家だけ、にしないとやっていけなかったのかも。(結果として、そこに執着することになるけど)

人はこんなふうに無関心でいられるのか、と絶望的な気持ちになるけど、これって、現代の私自身がそうなのかもしれない。
ニュースで見る悲惨なできごとにつらい気持ちになっても、それでも自分の幸福を最優先してしまう。自分ごとにしてどこまで行動できるのか。
そんなことを問われているのかもしれません。

映画全体にBGMはほとんどなかったと思うのですが、オープニングとエンドロールに流れる音楽。じりじりと歪んで、不協和音が重なり。悲鳴のような音楽でした。
少しずつこうして歪んでいくのだ、と言われているような気持ちになりました。

見に行く前に、アウシュビッツで行われたことについてできるだけ知っておくことをおすすめします。

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この記事を書いた人

つたちこ

フリーランスのwebディレクター。基本方針は、健康的においしい食べ物とお酒を楽しむこと。できるだけご機嫌で生きていきたい。
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